三重県の伊賀鉄道、伊賀忍とは?

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今回は三重県の旅で、県庁所在地の津市で2泊3日を過ごしました。メインは津市ではなく伊賀鉄道と伊賀忍です。伊賀鉄道は伊賀上野市駅から伊賀神戸市駅までのローカル線で、平日土日無関係で1時間に1本しか来ません。

なので1本逃がすと致命的になりますのでご注意を。料金(運賃)は410円でワンマン運転です。改札も駅員が切符を切るか、スタンプやハンコを押印して利用します。

さて、鉄道好きな方にはたまらないご当地列車(といっても塗装やデザインなどですが)が走っています。

それは伊賀鉄道ならではの、伊賀忍列車です!車両の前面に伊賀忍のイラストが描かれていて、私は初めの印象は、鋭いまなざしとまつ毛の長さから「くのいち?」でした。

この伊賀忍列車は2種類あり、青色と緑色です。特にこの2つの間に伊賀忍のイラストの変わりはありません。なお、この列車だけが存在しているのではなく、普通の私鉄の車両が走っています。もともとは伊賀忍列車もそうで、塗装前は、東京でいう東急田園都市線のような東急鉄道の古い車両が再利用されているのです。

伊賀忍のイラストが圧倒的に多いので、伊賀忍についてお伝えしましょう。

伊賀忍は日本の戦国時代から最大最強クラスの忍びの軍(以後忍軍とする)であり、情報戦がとりわけ抜きんでており、「諜報術」といわれる敵軍の情報を得るために組織として動いていました。ちなみにこれを契機にいわゆる「忍術」が伊賀に生まれたといわれています。

 

忍術は主に山伏や山でのサバイバルの術や武術、特殊忍術として陰陽呪術などを身に付けていたようです。
伊賀忍には彼ら忍軍を統べる存在いて、それが服部家だとか。もちろん忍者はハットリくんのような忍もいたようです。伊賀鉄道に戻りますがハットリくんのイラストも車両に子供向けに描いてあげたほうがいいのでは。

伊賀忍は当時は今でいうと「人材派遣」のような組織だったらしいです。
で、その後織田信雄という将軍の使い手1万人の大軍をたった数百人の伊賀忍で圧倒したという驚きの記事まで伊賀鉄道のパンフレットのようなものにありました。

それに加え、約5万の織田軍に全滅かと思いきや、生き残りの伊賀忍もいて、伊賀の山中から再び大きく活躍し始めたのが本能寺の変でした。明智光秀が小田軍の相手をしている間伊賀忍は徳川家と結び、最終的に今日に残る資料としては豊臣時代から伊賀忍は徳川のパイプ役となり、江戸時代の平和な時代に伊賀忍を含むほぼすべての忍者が姿を消したようです。

私はこの資料を得て、伊賀忍を知り、改めて忍びの在り方を考えました。
さて、話を旅の話に戻すと、伊賀鉄道の上野市駅で途中下車し、お腹がへったので地元の駅近くの小さな商店街に足を運び、老舗と思われるお蕎麦屋さんで野菜あんかけ蕎麦でお腹を満たしました。お昼時なのか客の出入りが多く地元の学生さんも来ていました。

その後、店を出た後、次の伊賀鉄道まで時間があったので、上野市をぶらりと散策。神社に逃げ込む野良猫もいれば、夕方からオープンする喫茶店などがありましたがとにかく閑散とした場所で「地方の田舎ってこうなんだなぁ」と思わずつぶやきました。

上野市駅に着きちょうど待機していた伊賀鉄道に乗りこんで、ほっと一息すると伊賀神戸駅に着きました。そこから近畿鉄道大阪・名古屋線に乗り換え津駅へ。

3時ごろホテルに帰るのもまだ早いと思い津市をぶらぶら。小腹が空いたので、地元のハンバーガー屋さんで海鮮かき揚げバーガーで腹8分目で済ませました。

食欲を満たした後伊勢湾までぶらりと歩いて、磯の香を感じ、Uターンしてホテルへ向かいました。

その途中学校帰りの小学生が数人、「ああ、地方の小学校もこうなんだなぁ」と思い、ホテルへ。

ホテルの部屋に戻り、荷物や資料を片付け、居酒屋へ夕食を。そこでフルーティーなカクテルを飲みながら、伊賀忍もどこで退行(リフレッシュ)したんだろうなんて思いながら鶏肉料理をいただく。

最後に私の旅の行程をお伝えします。行き・帰りともに東海道新幹線を使い名古屋駅で下車、名古屋から関西本線特有の列車「JR快速みえ」で40分ほど揺れながら亀山駅で下車し紀勢本線で津駅へ。

 

ちなみに伊賀鉄道や伊賀忍に触れたのはホテル三交イン(東京でいう東横インみたいな)で一泊してからです。そして、ホテルについてはあらかじめブッキングドットコムを使いあえて、仕事がなく且つ平日に取っておいたので中規模な浴場はガラガラで温泉を独り占めできました。

それに翌朝のビュッフェ形式の朝食も会社員の(いわゆるサラリーマン)方ばかりで私はそれに紛れてゆっくりと朝食を味わえました。

では、今回の旅費はいくらか?鉄道代で30000円+ホテル代25000円(二泊なので)+街歩きで喫茶店などのもろもろで8000円。合計65000円あれば十分行けました。

帰りの新幹線で、伊賀忍のことを考えて、私も忍のように閑に生きようと思いました。

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